この資料は、2018年12月に日本で子育てをしているパートナーが外国籍の方たちという集まりで国籍選択制度についてのお話をした時にパンフレットとして作成したものに、あとから加筆したものです。
複数国籍のお子さんを持つ方たちへ
日本の国籍法には、国籍選択制度というものがあることを皆さんはもうご存知でしょうか。すでにこのことを知っていて、悩んでいる方も多くいらっしゃることと思います。そこで、現在当事者の私たちが知っている情報をご説明して、皆さんの悩み解決のためのお手伝いになればと思います。
国籍選択制度とは、日本国籍法の第14条から第16条に規定されている項目のことで(下記の資料参照)、簡単に言えば「出生により、または婚姻や養子縁組、認知などで複数の国籍を持つことになった人は、それが20歳前であれば22歳までに(2022年4月以降は成人年齢が18歳になったので、18歳前であれば20歳までに)、それ以降であればその時点から2年以内に、国籍選択をしなければならない。」というものです。皆さんのお子さんの場合、22歳もしくは2022年以降は20歳になるまでに決めなければならない国籍選択の期限、というのが主に気になる点でしょう。国籍法第15条では、この期間に選択届をしないものは、法務大臣が催告(さいこく)することができ、それによって日本国籍を失うこともあると、法務省ホームページの国籍選択の説明にも記載されています。http://www.moj.go.jp/MINJI/minji04_00069.html
しかし、法務省が表立って全く伝えていないのは、この法律ができた当初から(1985年)一度もこの法務大臣からの国籍選択についての催告は出されておらず、この第15条の催告の制度によって日本国籍を失った人は一人もいない、という事実です。
次に知っておくべき重要な点は、「国籍選択」といっても、実際は「選択(一方を選び一方を捨てる)」ではなく単なる「宣言」である、という点です。法務省のHPの「国籍選択の流れ」の説明でもhttp://www.moj.go.jp/content/001206887.pdf 、「日本国籍の選択宣言(国籍法14条2項後段)→国籍の選択義務は履行したことになる。」とあります。その後の第16条にある外国籍の離脱は努力義務なので(下記資料、下線参照)、<ずっと努力しているんです>という状態保持でいられるということです。ですので、本当はずっと両国籍を維持していたいという人はこの方法を取ることができます。
しかし、国籍法というのは他の国の法律も複雑に絡まっている規定です。世界の多くの複数国籍を容認している国では、日本でこの国籍選択届を出しても、その外国の国籍条項には影響しない国がほとんどだと思われますが、まれに「外国の法律でその国の国籍を選択した場合は、自国籍を失う」という日本のような国籍法(下記資料 国籍の喪失 第11条2項参照)を持っている国があれば、日本の国籍選択届を出すともう一方の国籍を自動喪失してしまいます。とても大事なことは、必ず日本の国籍法と自分の関係国の国籍法をしっかりと読んでみることです。
さて、それでは国籍選択届の用紙を見ると、<日本の国籍を選択し、外国の国籍を放棄します。>と書いてあるものに署名捺印をして提出することになります。ここでこの<外国籍を放棄します。>という文言に引っかかる方もいることでしょう。<外国籍を放棄するよう努力します。>とは書かれていません。日本の役所にこの文言を宣言し、署名捺印して提出するのですから「日本の役所に嘘の提出をすることになる。」と感じる人もいます。上記にも書いたように、選択の期限を過ぎても届けを出していない場合はどうなるかといえば、蓮舫氏問題の時に、当時の法務大臣が「期限を過ぎて届を出していないのは違法状態」と答えたと報道されました。しかし国籍法学者のおひとりは<「選択しなければならない」と書いてある14条1項は法的義務です。では、選択しないときに、義務違反で処罰されるかというと、そのような規定はありません。>とおっしゃっているように、期限を過ぎても選択届提出の義務は続き、どうしても提出しなければならなくなったらいつでも罰則なしに提出できるので、悩んでいるのなら考える時間は十分あるのです。日本弁護士連合会の調べでは、国籍選択届の義務のある人のうち、8割の人が提出していない、という推定があります。つまり提出していない人がほとんどであっても、これまでに法務大臣は催告を出して日本国籍を取り上げようとしたことはない、ということになります。これは、国籍法の研究者の方によれば、本当に外国籍も併せ持っているかは、外国籍の法律をしっかりと調べてからでないと、本人の申し出だけでは思い込みの心配もあり、日本国籍の強制はく奪で無国籍者を作ってしまうことにもなりかねません。これを避けるためにもかなり慎重にならなければならないことと、一部の人にだけこの催告を出すことは同じ条件の人がたくさんいる中で不公平になりかねないのでとても実行できることではない、といっている方もいます。
次に、では国籍選択届を迷ってなかなか出せないで、22歳(2022年以降は20歳)を過ぎてしまった後、日本のパスポートを申請する際にはどうなるか、という点です。
旅券申請の時の申請書には、外国籍の有無をチェックする欄があります。 ●外国籍の父または母の子として出生 ●外国での出生 ●外国人との婚姻または養子縁組 ●帰化申請又は国籍取得届出 このうちの「帰化申請又は国籍取得届出」(「自己の志望により外国籍を取得した」という国籍法11条1項にあたります)にチェックした人だけ、「それではあなたは日本国籍を喪失しているので、旅券の発行はできません。」といわれることになるようです。この申請書のチェック内容はだんだんと変わってきたようですが、このようにチェック項目が詳しい選択肢にかわってきたのは、以前旅券申請の窓口で、外国籍をあとから取得した人と出生等による複数国籍者との違いを混同する係官もいたので、このようなわかりやすいチェック欄になったのだと推察しています。窓口の係官はここで、「帰化申請…」以外の人には旅券を発行するように、と指導されているはずです※。ですのでその他の場合は、きちんと正直にチェックを入れて何ら問題はありません。むしろここにウソの記載をすることは旅券法違反になってしまいます。そして旅券受け取りの際に、(特に海外の領事館では)窓口の職員から「国籍選択届のことはご存知ですか。」と確認されることがありますが、「はい、知っています。」と軽く受け流すのがいいでしょう。最近では、選択届の提出は強制できない、ということは旅券センターや領事館の職員へも周知されているようですが、それでも法律なので確認する義務があるので尋ねている、ということだと思います。「選択届けの提出お願いしますね。」といわれたら、「はい、検討します。」という返事をお勧めします。くどいようですが、ここで、このような問答がめんどうだと思い、選択届提出の義務を守りたいと思い、相手国との国籍法の関係をしっかり把握していて安全だと思う方は、選択届を提出されても大丈夫です。上記のような情報をしっかり理解した上で、自分でどう決定するかは、各自の判断にゆだねられています。
※国際結婚を考える会は、海外の領事館で国籍選択届を出していない人からの旅券申請の受付を拒んだ事例があった際(2011年)に外務省に問い合わせ、「選択届の提出の有無にかかわらず日本国籍を持っている人には日本旅券を発行するように指導している。もし今後このような問題があれば、そのようなことが起こった日時と場所と係官の名前を教えてくれれば、外務省からきちんと指導する。」という回答をもらっています(「出生による複数国籍保持者のパスポート申請 について外務省からの回答」の記事へ)。もしそのようなことに遭遇した場合はぜひ国際結婚を考える会にもお知らせください。
☆それでも国籍選択制度の廃止を求める活動が重要な理由
上記では、国籍法の解釈上、複数国籍者が22歳を過ぎても「国籍選択届」を提出すればそれで義務は終わっているという解釈で、事実上複数国籍を保つことは可能だという説明をしました。国籍選択制度の条項では8割以上の人が義務を果たしていない状態であるにもかかわらず法務省も「催告は今後も出す予定はない」としており、法律の条項としては機能していないものなので国籍選択制度の問題は解決しているようにも思えますが、それでもこの制度の廃止を求める請願活動を続けることは重要な理由があります。上記で「国籍選択」の「選択」とは、日本の国籍法の中では「一つを選び一つを捨てる」という意味ではなく単なる「日本国籍を選びます、という宣言を提出するだけ」ということをお伝えしましたが、この「選択」という言葉が一般の人に一つを選び一つを捨てることが義務であると誤って解釈されるのでいつまでも誤解を生み出しています。
2019年10月に22歳になった大坂なおみ選手に関しての報道では正しく理解して書いているジャーナリストはほんの少数だったということでもわかるように、このような条項があることで「重国籍は違法だ」という誤解が広がり、当事者自身も複数の国籍を持っていることを公表することにとても不安を感じていたり、実際に就職などの際に差別や社会制裁を受ける当事者まで出てきてしまっているという深刻な問題も出ています。このようなまったく機能していない条項は削除してもらい、日本社会での誤解とマイノリティー差別を防ぐことにつなげていくことはとても大切です。
2020年1月
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日本国籍法
(国籍の選択) 第十四条 外国の国籍を有する日本国民は、外国及び日本の国籍を有すること となつた時が二十歳に達する以前であるときは二十二歳に達するまでに、そ の時が二十歳に達した後であるときはその時から二年以内に、いずれかの国 籍を選択しなければならない。 2 日本の国籍の選択は、外国の国籍を離脱することによるほかは、戸籍法の 定めるところにより、日本の国籍を選択し、かつ、外国の国籍を放棄する旨 の宣言(以下「選択の宣言」という。)をすることによつてする。 第十五条 法務大臣は、外国の国籍を有する日本国民で前条第一項に定める期 限内に日本の国籍の選択をしないものに対して、書面により、国籍の選択を すべきことを催告することができる。 2 前項に規定する催告は、これを受けるべき者の所在を知ることができない ときその他書面によつてすることができないやむを得ない事情があるとき は、催告すべき事項を官報に掲載してすることができる。この場合における 催告は、官報に掲載された日の翌日に到達したものとみなす。 3 前二項の規定による催告を受けた者は、催告を受けた日から一月以内に日 本の国籍の選択をしなければ、その期間が経過した時に日本の国籍を失う。 ただし、その者が天災その他その責めに帰することができない事由によつて その期間内に日本の国籍の選択をすることができない場合において、その選 択をすることができるに至つた時から二週間以内にこれをしたときは、この 限りでない。 第十六条 選択の宣言をした日本国民は、外国の国籍の離脱に努めなければな らない。 2 法務大臣は、選択の宣言をした日本国民で外国の国籍を失つていないもの が自己の志望によりその外国の公務員の職(その国の国籍を有しない者であ つても就任することができる職を除く。)に就任した場合において、その就 任が日本の国籍を選択した趣旨に著しく反すると認めるときは、その者に対 し日本の国籍の喪失の宣告をすることができる。 3 前項の宣告に係る聴聞の期日における審理は、公開により行わなければな らない。 4 第二項の宣告は、官報に告示してしなければならない。 5 第二項の宣告を受けた者は、前項の告示の日に日本の国籍を失う。
(国籍の喪失) 第十一条 日本国民は、自己の志望によつて外国の国籍を取得したときは、日 本の国籍を失う。 2 外国の国籍を有する日本国民は、その外国の法令によりその国の国籍を選 択したときは、日本の国籍を失う。
(下線は筆者が加筆)
出典:表紙の画像は法務省ホームページの「国籍選択の流れ」から引用しました。
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