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無国籍と複数国籍〜国籍とは何か?

更新日:2023年2月5日

 去る1月14日、国際政治経済学博士で作家の陳天璽(ちんてんじ)さんを講師にお招きして、「無国籍と複数国籍〜国籍とは何か?」というタイトルのオンライン講演会を開催しました。一般公開のオンラインイベントで、当日の参加者数は52名でした。国籍について関心を持っておられる国際家族の皆さんに多数ご参加頂けて大変嬉しく思っております。

 陳天璽さんは横浜中華街出身で、早稲田大学教授、NPO法人「無国籍ネットワーク」代表理事、そして「無国籍と複数国籍」や「にじいろのペンダント」などの著者です。講演前に、以下のメッセージをお送りくださいました。


「日本では、誰でも一つの国籍を有するべきと思われています。しかし、私たちの周りには無国籍の人や複数国籍の人もたくさん暮らしています。私は30数年無国籍のまま暮らしていました。私が無国籍となった原因、研究を通して明らかとなった無国籍者の実態、国籍法11条1項により国籍を剥奪された人々のケースなどを紹介いたします。国籍に翻弄された人々を通して、『国籍とはなにか?』を一緒に再考しませんか。」


講演の内容です。


 大坂なおみ選手が複数国籍保持者であることを知っている人は多い。ノーベル賞を受賞した真鍋氏は以前から米国籍であり、日本国籍を自動喪失したが、ニュースなどで「日本人」扱いされていた。また、数年前、蓮舫議員が党の主任になる話が出ていたとき、台湾国籍の問題が取り沙汰にされた。そしてアインシュタインが無国籍だったことも著書に書いた。あなたは「ナニジン」ですか?という問いに対して、民族的帰属、法的帰属、言語的帰属と文化的帰属が考えられる。陳さんは日本では外国人扱い、中国や台湾では「日本から来た人」として扱われた。アメリカにいたときも「Where are you from?」と聞かれ、何と答えるべきか迷った。中国人、台湾人と答えても中国や台湾に住んだことがなく、文化的には日本のことや日本の社会のことをよく知っているものの法的な帰属としては無国籍だったので、この質問は難しい質問だった。

 社会では「国籍」を通して「何人か」判断することが一般的で、国籍とは、アイデンティティ、パスポート、国家への法的帰属、そして「ナニジンであるか」と同じ様に扱われる。世界人権宣言では、全ての者が国籍を持つ権利を有すること、国籍とは国家と個人を結びつける法的な靭帯であること、出生と共に決定されるのが通例であると言われている。生地主義の国(米国など)と血統主義の国(日本など)があるが、グローバル化が進んだ現代社会では人と国籍の関係も多様化しており、複数国籍者、無国籍者、移民、難民など色々な人が存在する。複数国籍と言うと「ずるい」「どちらかを選べ」などと非難されることが多いが、これは「国籍唯一原則」の影響であろう。国籍法14条では、日本国籍と外国籍を有する場合、一定の期限までにいずれかの国籍を選択する義務があることになっている。国籍法14条については成人の年齢が18歳になったため、その猶予がさらに縮まっている。また、日本国籍者が外国籍を取得すると日本国籍を失わせる国籍法11条1項が違憲条項であると訴えられている裁判が数年続いている。

 さらに「無国籍」から連想されるのは「怪しい人」や「可哀想」という印象で、これは国籍があって当然だという世界観、無国籍の人をなくさなければならないと思われているからだと考えられる。だが、色々なタイプの無国籍者がおり、無国籍を選択している人もいる。陳さんが無国籍だった背景は、中国から台湾に移動し、日本に留学した父親が、60年代に母、兄弟と共に日本に移住したが、1972年に日中国交が正常化して日本は台湾との関係を断絶したため、陳さん一家は無国籍になった。陳さんは横浜中華街に住み、日本国籍がないため日本の小中学校に通うことができず、横浜の華僑学校に行っていた。その後日本の高校に転校、日本の大学に進学した。

 陳さんは定住者のまま合法な在留資格で無国籍者となった。無国籍=非合法というケースばかりではない。しかし、無国籍だとアパートを借りられなかったり、銀行口座開設が困難だったり、奨学金を取得することができなかった。社会的差別などに悩み、日本で生まれ育ったのに日本で何も恩恵を受けられないことから、香港や米国に渡り、米国滞在中国連に就職しようとしたが、面接の時、無国籍であるため採用されなかった。それをきっかけに、その後、国籍問題に向き合うことになった。当時、「無国籍」については何の研究資料もなかった。現在、世界に約1000万人の無国籍者がいるという資料があるが、それ以上いることが予測される。日本にも沖縄アメラジアンや難民、移民の無国籍の子供たちもいる。陳さんは2004年に「無国籍」という本(韓国語や中国語にも翻訳された)を書き、その後、無国籍についての相談が寄せられるようになった。2008年に無国籍をテーマにしたシンポジウムを日本で初めて開催し、多くの人に注目され、ドキュメンタリー映画が制作され、多くの方々のサポートにより、2009年に「NPO無国籍ネットワーク」を発足させた。ホームページ:https://stateless-network.com/

 2013年から早稲田大学で勤務、無国籍の人々の写真展を開催した際、学生たちが「無国籍ネットワーク・ユース」を立ち上げ、一緒に活動を続けている。学生たちは「学ぶ(自分たちの学び)」、「伝える(無国籍問題の認識を広げる)」、「寄り添う(良き隣人的な関わり方)」を活動理念として活動。学生たちのアイデアから、昨年「にじいろのペンダント」という絵本を出版し、子供たちにも国籍について理解してもらおうと、ユースたちと読み聞かせをしている。 

 国連は2013年から「向こう10年で無国籍者をなくそう」というキャンペーンを始め、陳さんは日本でも活動していることを発表した。「無国籍」というドキュメンタリー映画は2016年難民映画祭で上映された。

 日本には現在600人ほど無国籍者がいることになっているが、実際無国籍状態になっている人が数多く存在する。2012年在留カード導入後、在留カードがないとIDが持てなくなった。

 無国籍・移民・難民には以下の五つの類型がある。(1)未登録者、(2)非正規滞在・無国籍者、(3) 非正規滞在・国籍未認定者、(4)正規滞在・国籍未認定者、(5)正規滞在・無国籍者。外国人登録書は2012年前のIDカードで、市町村により発行されていた。今の在留カードは入管が発行しており、在留資格がないと在留カード(ID)は与えてもらえない。(1)の未登録者、透明人間のような扱いを受けている人が多数いる。

 また、在留資格が定住者で、IDカード上の国籍がベトナム国籍となっており、香港の難民キャンプで生まれ、3歳のときベトナム国籍の母親と来日した女性がいる。近年、日本人男性と結婚することになったが、結婚届けには「独身証明書が必要、ベトナム大使館で取得せよ」と役所に言われた。しかしベトナム大使館では、独身証明書はベトナムの身分証明書がないと発行不可能と言われ、ベトナム政府に発行されている証明書のないこの女性は、独身証明書を得ることができず、在留カードに「ベトナム国籍」と書かれていたにもかかわらず、その時初めて自分が無国籍だと知った。その後パートナーとの事実婚となったが、妊娠し、子供のためにも結婚証明書を出したいと陳さんに相談した。難民陳述書を出すことで結婚証明書が得られる可能性があると説明し、彼女の居住地の役所では結婚証明書の発行を拒否されたが、パートナーの実家がある居住地の役所では親切な対応をしてくれた人がおり、結婚証明書を出してもらえた。子供はまずベトナム国籍を取り、その後日本国籍を取得した。

 このように、在留資格があっても無国籍の人がいるのである。そして、(1)の未登録者は最も不安定性が高い。また、(4)の国籍未認定者は帰化申請がしにくい状態になっている。

 2012年に在留カードへの変更されたとき、陳さんの母の在留カードには「台湾国籍」と書かれた。入管で問い合わせたところ「パスポートをベースにする」と言われた。母は台湾パスポートを持っていたので、在留カードに「台湾国籍」と書かれたのである。1972年台湾と国交断絶されたが、現在、在留カード記載のために台湾とパレスチナが導入されている。

 その後インドシナの方の在留カード申請に同席したところ、ベトナムやカンボジアのパスポートなし、法務省発行の再入国許可証(無国籍者がパスポート代わりに使うもの)しか持っていなかったため、在留カードには「無国籍」と書かれると思ったが、ベトナム、カンボジアと書かれた。「パスポートをベースにすると聞いたが、なぜパスポートがないのにその国の国籍が記載されるのか」と質問したところ、「外国人登録書に『ベトナム』と書いてあるから」と言われた。この制度はしっかりしていない。

陳さんは大学時代、フィリピンに行った時、再入国許可書を発行してもらい、両親と一緒に行き、両親は台湾に寄りたいとのことで、台湾に到着した時、ビザがないと入国できないと拒否された。自分の母国だと思っていたのに、台湾に戸籍がないと台湾入国にビザが必要。入国できなかったので、そのまま日本に帰った。ところが、入国を拒否され、台湾に戻れと言われた。ビザが切れているので永住資格なしと言われた。台湾でも入国を拒否されたと言っても入国を拒否されたが、出国時に対応した審査官がたまたまそこにいて、ビザが切れていることを見逃したとのことで、ビザを更新してくれたため再入国を許可された。再入国ビザが切れたまま出国すると在留資格を放棄したと見なされる。

 このような経験から、「パスポート学」という著書にまとめ、国籍はID、法律も国によって違うことを書いた。


 複数国籍について。「国籍唯一の原則」は現代の時代に合っているのだろうか。

ロバートさんという1963年日本生まれのハーフは、父が米軍にいた米国人、母が日本人だったが、父系血統主義であったのに日本国籍を与えられ、1984年に国籍法が変わったというニュースを見て、出生時に日本国籍を与えられたことが間違っていたと気づき、正直に区役所に申し出たところ、日本国籍を剥奪されてしまった。米国籍は取得できたが、アメリカに行ったこともなく、英語も話せない、しかも日本で生まれて育ったのに外国人として扱われることになった。差別を実感し、日本国籍を返してほしいと懇願したが、国会議員から「米国籍で良いではないか」と言われた。非常にショッキングな出来事だった。重国籍を認めるべきと主張している。

 また、日本人の父、アルゼンチンの母の元、米国で生まれ、14歳の時から日本で生活、三つの国籍を持っていたが、中学3年で三重国籍であることを教師に打ち明けたところ、国籍は一つであるべきと言われ、法務局に相談したところ、日本国籍を剥奪された男性がいて、大きくID crisisを感じた。昨年「国籍剥奪条項違憲訴訟」を傍聴しに行き、弁護士にこのことを話したところ、弁護士が調べてくれて、アルゼンチンの国籍法なども調べ、自分の意思で外国籍を取ったのではないため、日本国籍を剥奪されるべきではないと説明され、法務局の間違いであったことがわかり、法務局は日本国籍を返還した。

 「第三文化の子(Third Culture Kids - Chamaeleon)」には、いろいろな文化から自分のIDが形成されていることが書かれている。陳さんが博士論文、「虹のメタファー(Rainbow Metaphor) 」で述べているのは、一つの国には色々な民族が居住すること。例えば米国、日本、フィリピン、マレーシアなどに居住している中国人は、どの国に住んでいても中国人として共通すると見られているが、IDとは家族や学校、地方、業種、居住国、宗教や趣味など色々な部分と関わっていると考えられる。色々なIDが形成されると同時に、他者の視点や見方も、本人の見方に影響を及ぼす。国や国籍だけがその人のIDではなく、IDは色々な要素とつながっている。

 無国籍や複数国籍のケースを紹介したが、国籍とは何だろう。真鍋氏のように賞を取り有名になると、日本人と見られるが、実際の国籍は日本国籍ではない。国際結婚によって生まれてくる子供たち、そして移住することで複数国籍になる子供たちが今後も増えていく。一つの国だけでその人を規定することはできない。複数国籍になると容易に「〜人」と言うことも当てはまらない。

 陳さんの姉は九州出身の方と結婚。従って、姪(姉の子供)は華僑と日本人のミックス。姪の結婚相手はフィリピンとドイツのハーフで、その娘に父親はスペイン語で、母親は日本語で話すのだという。そして、娘が親に話す言葉は英語。長女はドイツで出生し、ドイツ国籍で父親の姓。次女は日本で出産し、日本国籍者としてドイツに戻ったところ、パスポートが日本の名前だったため、ドイツでは父親の名前で出生届ができず、幼児のときドイツで不法滞在になりかけたのだという。移動する人たちの子供の国籍を一つの国籍で規定するのが難しい時代になっている。にも関わらず、国籍とは「個人が特定国家に所属する法的紐帯」(黒木、細川1988)、「個人が特定の国家の構成員である資格」(奥田, 2004年)そして、「誰に国籍を与えるかは国家の裁量下にある」といった解釈が一般的であり、これが国際結婚をする人や移動する人たちにとって難しい問題を起こしている。

 人間は、国籍だけでなく、生まれた土地、話す言葉、文化、家族、友人、住んだところなど、色々なものと繋がって生きていて、色々なところに愛着を持ち、アイデンティティを使い分けながら生きている。国民対外国人と区別するのはどこまで有効なのか。国籍=権利とは違う設計をすべき時代に生きているのではないか。


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